忘年会シーズン
日本固有の言葉には、しばしば英語やフランス語に翻訳することが困難なものがあります。「忘年会」はその典型です。諸外国には「今年もお疲れ様でした。今日は無礼講でぱーっと行きましょう!」などという行事がないのです。なので「無礼講」という言葉も英語やフランス語に翻訳するときに非常に困難です。今月はそのような日本固有の行事である「忘年会」のルーツを見てみましょう。
忘年会のルーツを探っていくと鎌倉時代まで遡ります。鎌倉時代の忘年会は、優雅かつ厳かに連歌などを詠ったものであったとされています。
江戸時代にはそれが徐々に庶民の間に広まり、「一年間の苦労を忘れるために、苦楽をともにした者同志が集まり酒を酌み交わす」という形式になりました。しかし、江戸時代の武士階級はむしろ「新年会」の方を大切にし、主君への忠誠を誓うものとされていました。
では、日本で現在のようなドンチャン騒ぎの忘年会が行われるようになったのはいつからなのでしょうか。
それは明治時代のようです。当時工部大書記官(当時の偉い官僚)であった中井弘が幹事で、伊藤博文や山県有朋などのそうそうたるメンバーによる忘年会がありました。このメンバーだと一見すると、威厳のある真面目な宴会になりそうなのですが、実際は伊藤博文がいたずらをして中井の髭を剃ってしまうなど、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎであったようです。
そんな政府高官の忘年会を学生達が真似をしました。都市部に通っている学生達は年末になって故郷に帰る前に、酒を酌み交わすようになり、若さゆえの暴走からドンチャン騒ぎに発展してしまったようです。 学生と官僚、この時代に最もステータスの高かった彼らの間で流行した行事が人々に広がっていったのです。 |